遠くで鳴るサンピエトロ寺院の鐘の音が、寝覚めのベッドに心地よかった。昨夜、チョッピリ度を越したワインの余韻が、その時間(とき)を幸せにしてくれた。 昨夜は、ガラス職人に手伝ってもらい上手く仕上がったゴブレットの話で、夕食は盛り上がった。 「Eikoは吹き竿を持つのは初めてでは無かろう、手つきが良い、素質が有る」イタリア人特有のリップサービスである事は解っているが、悪い気はしない。ガラスを吹いた事は何度かあるが、褒められる程のものではない事ぐらいわかっている。
時が進むにつれ職人達の話は弾む。「昔、海王国のヴェネチィアはイスラムからガラスを買って、世界中にガラスを売っておった。絶妙な細工をしたイスラムガラスは、世界垂涎の的じゃった」 一番の老いた職人は、自慢げに声高に話す。 「その内、イスラムに内戦が起こり、ガラスが出来なくなると予想したヴェネチィア当局はイスラムから職人を1人、又1人をイタリアに連れて来てムラノ島に隔離したんじゃ。予測どおりイスラムは長い内戦状態に入り、もうガラスどころではない」私に話しかけていたのが、周りのテーブルまで聞こえる位の演説になっていた。 「ところが既に、ムラノ島ではイスラムから連れて来た多くの職人が、ガラスを吹いて生産体制に入っておった。昔からイタリア人は思慮深いんじゃよ」話しながら、ゴブレットになみなみと注がれたワインを、水でも飲むように一気に飲み干した。辺りのテーブルからは、拍手と口笛が湧き上がった。こん棒のような太い腕をして黙々を食事をしていた40才絡みの職人が突然口を開いた。 「イタリアの歴史はガラス職人が作り上げた。その歴史を今、我々が引き継ぎ、これからもこの先も、うちの息子もこの国を支えていくんだ」彼もまたジョッキを差し上げ一気に飲み干した。
通訳を介して解った事は
ステムウェアー(足つきガラス=ワイングラスのような物)に細いガラスを着けてピンセットで細かい細工を施した物等々であったが、酒と歌が入り、大きな声でおまけに早口で、後は何を言っているのか半分しか理解出来なかったらしい。